モセキモノ

2009年9月 1日 (火)

秋の特番!!「モセキモノ・オールスターズ」

第1クール終了記念!秋の特番「モセキモノ・オールスターズ」

キャスト:Satorism なりえ JINKI a.k.a CHAGE くみ ゆうちゃん Naka-Z


★モセキモノ・第2クール放送スケジュール★

月曜日:モセキモノ・マンデー 【Satorism / JINKI】
火曜日:新番組!!9月8日スタート!! 【HAL / JARMAIN / Satorim】
水曜日:新番組!!Z(ズィー)のり〜ラジオ恋愛バラエティ 【Naka-Z / よっしー】
木曜日:新番組!!9月3日スタート!! 【みーや/Satorism】
金曜日:レズビアンガール 【なりえ/ゆうちゃん】
土曜日:新番組!!くみの自演乙タイム 【くみ】
日曜日:モセキモノ・サンデー 【Satorism】


★左下のポッドフィードのロゴをお使いのiTunesにドラッグ&ドロップすれば簡単に視聴登録出来ますんで、あれやったら是非!!

番組へのご意見等はコメント欄か → mosekimono@nifmail.jp まで

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2009年5月31日 (日)

世に棲む日々

この世は自分の心の中、つまり、
意思、意識、考え方、価値観、捉え方、囚われた感覚を
投影している鏡に過ぎない。

今現在、目の前に起こる事象が
マイナスのものばっかりなら
あなたの心象風景がマイナスである事に他ならない。

そのことを理解した上で、
自分の欠点を克服し、新たな人格に生まれ変わる為に
同じような精神性を持つ人達が集まることが多い。


類は友を呼ぶ、のである。

そしてそんな友達 a.k.a ルイトモ達が
目の前で繰り広げる人生の悲喜交々、
その中から学ぶことはマジで多い。
あいつは俺で、俺はあいつやけぇね。


反面教師、ってやつである。

この世には同じ人間は1人もおらんけど
思考回路は同じ時代に生きると
その時代の影響を同じように受けるので

やりたい→でも出来そうにない→やる→やっぱやらん→出来る→わけない→でもやりたい→本当にやりたいんか→そもそもやりたかったんか→でもやっぱ、なんかやりたい→やっぱ出来んかった・・・・・

基本こんなループを繰り返す時代の日本に生まれとる。
情報過多の時代に生まれ、
他人と比較される事を余儀なくされ、
学歴や地位での評価を否応無しに受け、
与えられるばっかりで与えることを知らない日々、
そんな歴史を繰り返している、西暦2009年。

躁と鬱の間を行ったり来たり、
クチカラデマカセだけじゃ勝負出来ん茨の三十路ロード真っ最中、
Satorism a.k.a 口だけ番長 on da モセキモノ。


ご存知のように歴史は人の意志で創られる。
ただなーんも考えんで、争う事も無しに、
価値観のぶつかり合い無しに、歴史は進行しない。

歴史とは行動です。

どこをひも解いても、行動した人の歴史しか残っとらへん。
行動はその人の意志だから、その意志が歴史として残ってんねん。

働くのが嫌で嫌でしょうがないさかい、
どうしたって怠けてしまう人の歴史は残らへんけど
それを同志達に伝えようと、後世に残そうと、
その心象風景をブログで語ったり
ラジオでしゃべったり、
本にした人の意志は誰かの心に残んねん。

音楽家を目指し、
浮かんでは消える音のイメージや歌詞を
来る日も来る日もアウトプットし続けた人の
楽曲は当然残るが(評価は別として)
一切アウトプットしようとしない人の音楽は残らない。


しかしながら山師の持つインキンタムシは
風呂を共有する事で誰かの股間に残る。
インキンも歴史なんかも知れん。

あの野郎ぉぉぉぉ


さておき、そんな他人の意志、
つまり歴史を後世に伝えるのも
これまた人の意志なんで
簡単に歴史は美化され
塗り替えられて来たと思う。


司馬遼太郎の描くその歴史は、
歴史の中の一つの解釈に過ぎない。
全ての歴史家、歴史小説家の描く歴史像もまた然り。


歴史から読み解くべきは、その事実ではない。
そもそも、事実なんてものは
その時代に生きた人々
もっと言えばその意志で行動し続けた人にしか分からん。

何かと言えば、チュンチュンなる精神性を持った
人間が集まって一刀流レーベルはモセキに存在し、
誰かのチュンチュンを誰かの勢いが後押しして、
その役割が交互に変わりながら
ほとんどゼロに近いけど、
それこそ1ミリづつではあるけど、進んで行っとる。

一刀流に集まった類達が
出来ない理由探しをやめて
ただただ自分のしたいことに没頭出来る日々に辿り着けば
その類は進化した類になり
また違う精神性をもったたくさんの人達と合流して
時間を共有しながらモセキに歴史を刻むことになるやろう。
昔から知る誰かではなく
その精神性だけで今だ出会ってない誰かと
同じ時間を共有することになったときから
一刀流レーベルの歴史は始まるやろう。

少なくとも、他人や環境や時代のせいにしたり
人の人生を表面だけで解釈してDISの標的にしたり
人の評価や陰口、悪口に多くの時間を費やして
自分の心象風景をポジティブに変化させることが出来んかったら
残念ながら今生は輝くものにはならんでしょうな。


断言出来るけど、
全く影響がゼロだとは思わんけど
自分の生きて行く歴史を輝かせることに
国籍、人種、育った環境、親、
などなどの外的要因は一切関係のないものだ。


他人の人生を生きてるわけじゃないですから。


いつかの夜に山師が言っていた

「在日韓国人はその在日韓国人だからと言う
理不尽な差別に耐えれる心を持った人間にしか、
神様は与えていない」(@デビル山師)

マジでしょ。
全ての外的要因は超えれるから存在しとるわけですな >神様

ポジティブとネガティブの境目は
常にベクトルが自分に向いているかどうか、なんかもしれん。

歴史から読み解くべきは、その行動力です。

輪廻の中で恐らく俺らも生きていたであろう数々の歴史。
その行動の先にある未来に棲む俺らは


今日もあっさり過ぎて行く「今」に
自分なりの歴史をどんな小さいことでも行動で刻み続けること。
全国に届かなくともそれは必ず誰かの心に残る。
例えば家族や、友達。それでもう十分。
自分が納得出来るってのがクソ高いハードルなわけで、
それを超えてしまえばあとは人の評価ですけぇ。


事の大小問わず行動し続ける、これ、生きる意味。

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